きれいなものを、みつけに ー小豆島ガールー

小豆島で輝く女性の「きれいなもの」がいっぱい!

10月, 体験, 私時間,

第35回小豆島一周50km・100km連続歩行ホステリング

ある検索していてふと手が止まりました。『第35回小豆島一周50km・100km連続歩行ホステリング
検索目的とは全く違うことですが、がっつりした運動好きなのに毎日デスクワークの私にとっては見逃すことのできない告知でした。
“100km もしくは 50km 歩く”。
歩いたことのない距離に、どれほどきついのか想像もできませんでした。
ひとまずtwitterでイベント告知をすると、友達も興味を持ってくれて一緒に参加することになりました。
“歩く”という言葉のイメージに甘んじ、1回も“歩く”訓練をしない上に、“靴を買う”という用意以外していない状態で本番を迎えました。
ま、なるようになるだろう。
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【本番当日】
スケジュールはこちらの通り↓

びっくりしたことに100kmの方は60〜70人ほどいるのですが
私がチャレンジする50kmの方はたったの5人。
しかも、皆様私よりもずっと年上で全国各地の同種イベントに何度も参加なさられ続けてきたベテランばかり。
どうやら私が最も素人で最年少のようです。
100kmチームは18:30から翌日18:30をタイムリミット(24時間以内)として100kmを寝ずに歩き続けなければなりません。
私たち50kmチームは翌朝4:30から夕方16:30(12時間以内)までにゴールしなければなりません。
休憩を入れるとしたら1時間で5kmを進み続けなければ時間内にゴールできません。
そして、開会式直前になってはじめて受けとる“しおり”。
持ち物やスケジュールやルートや注意事項を直前で初めて知らされます。
しおりから、自分のペースをわざと落としたりして変えるとかえってしんどいことを知り、
「気を使わずに、お互いのペースで歩こうね」と友達を約束を交わしました。
さて、今回の写真ですがいつもの一眼レフで撮っている余裕はないので携帯で撮影しています。
画質が悪い上に、写真に気合いがなくて申し訳ないです!
18:10 もう少しで100kmスタートです。
しかし、これまた驚いたことに100kmの皆様が50kmの私に出発ギリギリまで励ましてくれたりアドバイスをくれます。
わー、私は励ますことすらできないけれど、立場は逆なはずなのに。
18:30 いよいよ100kmスタート!

「どこかで会えるかもね〜、頑張りましょ〜。」と歩いていく100kmチーム。
アドバイスありがとうございます!頑張りましょう!無事を願います!
21:00 就寝
しかし、私も友達も深夜まで仕事をすることに慣れているので、そもそもこの時間に寝るのが無理かも…。
アドバイスも受けた結果、お酒を少し入れて無事就寝。
03:00 起床
「そもそもこんな準備でいいのだろうか」と、当日になって心配になりながら、思いつく限りの準備をします。
必要そうなものをリュックサックに詰めるだけで重くて早くも心配に…。
04:00 ユースホステル出発!
出発地点の『目島』までマイクロバスで移動します。
04:30 目島出発!

5人中1人がスタートから速い!あっと言う間に姿が見えなくなりました。すごい。
残りの4人は懐中電灯を照らして足元を確認しながら一緒に進んで行きました。
さぁ、今回のルートをお伝えしましょう。以下がルートです。
※台風の影響で大角鼻灯台付近が土砂崩れになっているので岬の分教場ルートに変更になりました。

05:20 大阪城残石道の駅で休憩
4.9km地点

ベテランの男性が「今のうちに距離をかせいでおいた方がいいよ」と先頭にたって私たちをひっぱってくれたおかげでここまで時速6km。
山道の上りを降りを時速6kmは想像以上に速いです。
実はこの男性、ベテランの学校の先生でもある上に、思いやり溢れる人柄で、アドバイスがすごくうまい!
さらに、ベテランの女性が最後尾を歩いてくれ、励ましてくれたりフォローをしてくれました。
本当に、本当に助かりました。
この時点で早くもきたダメージは友達共々“足の付け根”。
私はまず右足の付け根がきて、かばおうした左足のふくらはぎもだるさを感じていました。
後々考えると、上り坂が続いた影響のようです。
休憩時間にしっかりとストレッチすると疲労回復!
後は痛くはないのですが、手先のむくみ。パンパンに膨れ上がり、まともにグーができなくなります。これはゴールするまで治りません。
05:30 大阪城残石道の駅出発
再びアスファルトで舗装された山道を登ったり降りたりしていると、ほんのり周りが明るくなってきました。
そして、100kmのリアイア者が次々と車やバスで運ばれていっています。
後々聞くと、日が昇る前に疲労と共に眠気も襲ってきてかなりきつかったようです。
私は続く下り坂で太ももの前にだるさを感じるようになってきました。
06:00 朝食休憩 @大部公民館(トイレ休憩付き)
9.6km地点 1時間39分経過

待ってました!やっぱり飯を食わねば戦はできません。
豚汁やおむすびやパンやバナナやジュースや牛乳を皆好きに選んで食べます。
ちゃんとストレッチをしてからいただきました。
始めに口にした豚汁のおいしいこと!
泣きそうなほど感動しながらいただきました。
06:15 大部公民館出発
パワーをいただき、さぁ、再び出発!
体の疲労もかなり軽減され、また、日の出が近づいてきたのでより元気が出てきました。
1歩1歩進むごとに、のどかな風景をピンクと青色のグラデーションで彩っていきます。
また、この辺りの地域は石材産業が主力産業です。
見渡す限りの山々は激しく削られ、どれほど盛んだったのかを物語っています。
車から見るよりも歩いて見続けていた方が数倍迫力があり、ついつい目を離すことができなくなるほどでした。
07:15 灘山BSにて休憩
14.7km地点 2時間47分経過

あ!山からお日様が顔を出した!と思った時、休憩に入りました。
この時もひたすら足をストレッチ。かなり回復しました。
07:20 灘山BS出発
のどかな風景を楽しんだりおしゃべりして励まし合いながら一歩一歩。
ちょっとずつ4人に差が開いてきました。
ベテランの方からストレッチの仕方を学んで体を癒しながら歩き続けます。
08:08 吉田BSにて休憩
18.9km地点 3時間38分経過

オンバをひくおばあちゃんたちを微笑ましく眺めながらやっぱりストレッチ。
しかし、実はストレッチをして回復するのは今回までです。
08:13 吉田BSを出発
「今から登って降りたら福田港だ」という言葉をいただき、ひたすら福田港を求めます。
車で何度も通った私の中でのイメージではすぐに福田港が現れそうなのになかなか現れません。
吉野と福田港ってこんなに遠かったんだ!とびっくりしました。
08:50 福田港到着(トイレ休憩付き)
21.8km地点 4時間20分経過

この時は足の付け根とふくらはぎがけっこう疲れていました。
もう、ストレッチをしても疲れがとれません。
時折会う100kmの方々がストレッチをせずにただただ座る理由が分かった気がしました。
諦めて座って日焼け止めを塗り直すことにしました。
08:55 福田港出発
福田港で一緒になった100kmの方と一緒に出発しました。
人数が増えたこともあってここからは50kmメンバーはバラバラに。
それぞれのペースで歩き、その時々で出会う人とおしゃべりしながら歩いていきました。
10:12 岩ヶ谷漁港BSにて休憩
28.7km地点 5時間42分経過

でも、50kmメンバーの時に頼りにしていた男性と離ればなれになると、ペースがわからなくなり、休憩するのも不安になってすぐに出発しました。
ゴールを考えた時に、私が今どういう状況になっているのかわからないので気ばかり焦ります。
さらに、この段階での休憩はさほど意味を持たなくなっています。
10:14 岩ヶ谷漁港BS出発
辛くなるのはここからです。
ここから待っているのは最も過酷と言われる“橘峠”。
私も何度も“橘峠”は車で通過していますが、どれほど過酷なのか全く想像もつきませんでした。
歩いていてびっくりしました。今までの上り坂とは比べ物にならないほど長いのです。
100km参加者のベテランの方はさすが!遊んでいて私よりもだいぶ後ろにいたのに、すごいスピードで私を軽々と抜いて登っていきます。
10:48 橘峠のトンネル前にてポカリスエットの供給

トンネルを抜けてルール違反しないよう、係の方が分岐点でポカリスエットを供給してくれていました。
この冷えたポカリスエットのおいしいこと!びっくりしました。
ストレッチをしながらポカリスエットを飲みましたが、ストレッチは何の効果もありませんでした。
10:53 橘峠のトンネル前を出発
「もうこんなに登ったんだからいい加減上り坂も終わるだろう」って思っていたらなんのその!
本格的な上り坂はこれからでした。
上り坂が続くと、もう足の痛さは忘れて腰の痛さが増していきます。
11:04 橘峠BS 梨サービス
32.4km地点 6時間04分経過

ああ、もう腰が無理!って思っていると梨のサービスがありました。
そして、実はこれがゴールまでの最後の食べ物になりました。
11:06 橘峠BS 出発
「冷えた梨がおいしい!」ということを意識することで疲れを騙そうと思い、
かじりながら進んでいきました。
しかし、まだまだ上り坂は進みます。
数分は梨で気持ちが楽になりましたが、次第に腰の痛さがピークに達し、梨を食べることすらできません。
最後の手段として、後ろにいる気さくそうなおじさまとふざけることにしました。
11:18 橘峠の坂を上りきりました!

記念に撮影したのですがさっぱりわかりませんね。
ネットで調べると標高は120mらしいです。
「あぁ、登りきったー!」って喜んでいると、100kmのベテランさんが「ここからは一緒に行こう」って声をかけてくれました。
実はここから坂手港直前まで、風景がずっと同じなのです。
しかも、木が生い茂りすぎて景色を楽しむこともできません。
「ここを1人で歩くのは孤独との戦いになって精神的に追いつめられるんだよ」
ほんと、声をかけてくれなかったらこの道を歩き切ることはできませんでした。
足手まといだったでしょうに、なんて優しい方!!!!
12:25 大角鼻灯台入り口にて休憩 オリーブ茶配給
38.7km地点 7時間55分経過

まさかのオリーブ茶。
「5分休みましょう」と提案してくれて、5分休みました。5分の休憩は08:50の福田港出発以来です。
ストレッチをいくらしても効かないので、楽な格好でぼんやりすることにしました。
12:30 大角鼻灯台入り口出発
私たちよりも先に休憩なさっていた方にも「さぁ!行きましょう!」っておじさまが声をかけられましたが、「まだ立てない」とのこと。
挨拶して先に出発していると「ここまで来ると、休むと、かえって歩けなくなることもあるんだよ」とアドバイスをくれました。
実はこの先、ゴールまで写真がありません。
休憩所がなく、しっかりした休憩をとっていません。
そもそも、休むのは意味の無いと私も確信していました。
二十四の瞳の分教場に向かう道のり往復の時(50kmは半分だけ)に2,3度気持ちが折れてしゃがみ込んだりしましたが、その度に次の瞬間に辛さが増します。アドバイス通り、ここまで来るとしんどくても歩き続けることの方が楽でした。
また、ほとんど食べていないのでエネルギーも切れている気がします。
びっくりしたことに、リピーターの方々はリュックサックの中にちゃんと昼食になるものを入れていました。
二十四の瞳の分教場ルートで100kmと50kmは離ればなれになるので、残りの約10kmは1人で歩き続けました。
肉体的にもピークに達しているのでかなりきついです。
『あの建物まで頑張る』とか『鼻歌を頭の中で唱う』とか『もう無心になろう』とか頑張れる方法をいろいろ探した結果、唯一効果的だったのは『100kmの方はもっと頑張っている』ということでした。
しかも、100kmのいろんな方々が私よりも50km分きついのにすごく気を使って助けてくれました。
もう頑張るしかありません。
「100、100、100、100、100、100、100、100」頭の中でずっと唱えて進み続けていると



遠くで手を振ってくれたり、拍手をしてくれる音が!
15:07 なんとかゴールできました。

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完歩した次の日の今日、昨日よりもずっと足が痛くてまさに“足が棒になる”状態ですが、1週間すれば痛さを忘れ、支えてくださった方への尊敬の念だけが残ることでしょう。
50kmスタート時点で引っ張ってくれ、アドバイスをくださった方や、橘峠を越えてからずっと傍にいてくれた方を始め、途中で励まして助けてくれた多くの方々を心から尊敬しています。
私は想像以上に自分のことで精一杯になって、相手をサポートする余裕を出したくても出せませんでした。
『ベテラン』とは何か。『頑張る』とは何か。
ただただ『歩く』ことをしただけですが、気づかされることがあまりにも多く、今でも感動がやみません。

kelly