きれいなものを、みつけに ー小豆島ガールー

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キテレツ大百科のキテレツは“神通鏡”というメガネをかけると『奇天烈大百科』を読むことができました。
最終回も終わり、月日が流れた今、まだ数人しか知らない“乗松メガネ”を通してみると海岸には古墳時代のせとうち暮らしが見えてくるのです。

時は2011年12月3日。
直島諸島の屏風島・喜兵衛島・牛ヶ首島に行って来た時のことです。
まさにその“乗松メガネ”をかけた友人が次々と古墳時代の暮らしを見つけていくのです。

「これは5世紀の土器で…(話は続く)」
「あ!これはとても貴重な土器の欠片で…(話は続く)」
石ころのような欠片を手に取っては、いつの時代のものなのか、どうやってどんな目的で作っていたのか、そのことからどこから文化が渡り、どう繁栄していったのかなど、次々と乗松メガネで見えてくる暮らしを教えてくれました。
話に共感しようにも“乗松メガネ”どころか、一般的なメガネもコンタクトもつけていない私は、分かったふりをすることで精一杯です。
そんな私も、数分経つと「これも製塩土器の欠片ですか?」と口にし出しています。
裸眼なのでかすかにしか見えないのですが、明らかに上陸したばかりに見た浜とは違う浜に見えてきます。

実は、小豆島の浜辺でも今回見つけたような土器や遺跡や古墳があり、その歴史の欠片から古墳時代のせとうち暮らしが見えてくるのです。
また、屏風島・喜兵衛島でたくさんの見つかる製塩土器の欠片。
古墳時代にその製塩土器を使って“塩”を造っていたのですが、皆様もご存知の通り小豆島の産業の大元は“塩造り”です。
海に囲まれて降水量が少ない瀬戸内は塩造りに向いていて、瀬戸内のあちこちで盛んに行われた中、屏風島・喜兵衛島は瀬戸内で2番目に行われていました。つまり、屏風島・喜兵衛島は小豆島の産業の先輩です。
なお、サラリーマンの“サラリー”は古代労働の変わりに「塩(ラテン語:サラリウム)」を渡していたことに由来しています。この他にも塩は貴重であったため、様々な取引に使われました。
塩造りは瀬戸内の発展を大きく支えて来たことでしょう。
と、言いながらも、私は詳しくないので、きちんと書くには乗松メガネが必要です。
生憎、乗松メガネをかけるには『考古学者になる!』くらいの気合いを入れた修行が必要そうなので、まずは『せとうち暮らし』で乗松メガネで見えた世界を垣間見てみます。

関連記事:せとうち暮らし:乗松メガネ
追伸:土器を拾った方は遺失物法に沿い、警察に届け出ましょう。

kelly